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【日本初公認女性医師】荻野吟子(おぎの・ぎんこ)・埼玉の偉人

【日本初公認女性医師】荻野吟子(おぎの・ぎんこ)・埼玉の偉人

武蔵国俵瀬村(埼玉県熊谷市俵瀬)生まれ。

嘉永4年(1851)3月3日―大正2(1913)6月23日 63歳

日本の公認女性医師第一号。
医師として活躍するとともに、女性の地位向上や衛生知識の普及に大きく貢献した。
渡辺淳一の小説「花埋み」のモデルとしても有名。

(国立国会図書館・近代日本人の肖像より)

 

吟子医師を志す!

 

みずからの治療体験の羞恥と屈辱から女医になることを決意した荻野吟子は、周囲の反対を押し切って、東京下谷の医学校好寿院を卒業したものの、女性であるがゆえに医師開業への道はとざされていた。
吟子のひたむきな熱意と努力により明治十八年(一八八五)、やっと女性にも門戸が開かれた医術開業試験を受験。吟子はみごと合格してわが国公認の女医第一号となり、湯島に荻野医院を開業した。

出典元:洋風文化と意識刷新 (日本の『創造力』―近代・現代を開花させた470人)

本名ぎん。豪農の家に生まれ、16歳で結婚したが、夫から性病をうつされ、離婚。
この時、婦人科の治療を男性に診察された羞恥から女医の必要性を痛感、自ら女医になることを決意した。

平凡な子女の幸せなぞ、望むべくもなくなって、ぎんの気持ちはかえって一筋にまとまった。
『肢を開いて』
冷えた医師の声がぎんの全身を貫く。
ぎんは閉じた眼を一層堅くし、心の中を空しくするためひたすら別の事に気を向ける。男の手がぎんの肢に触れる。機械のようにぎんの肢は開かれていく。
『母さま、母さま、早く終わりますように、早く終わりますように。』
・・・
世の中には私のように婦人病で悩んでいる女性がたくさんいます。しかし、その女性たちのすべてが医師の診断を受けているとは限りません。
受けたくてもその病気を羞じ、隠して診察を受けない人が無数にいるのです。この人たちを救ってあげたいのです。
・・・
順天堂病院で男性医師の手で足を押し拡げられ、局所を治療されるという女性としての、屈辱、憎悪が吟子の存在を支え、女医への道を完遂させた原動力である。

出典元:花埋み (新潮文庫)

東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)を経て、私立医学校好寿院に入学、明治15年(1882)に卒業。
しかし、当時医師開業試験を女性は受験できなかった。以後2年間、吟子はその改正に奔走する。

ぎんは、家庭教師に通っていた豪商高島嘉右衛門にその苦衷を訴えた。ぎんの立場に同情した高島は、衛生局長長与専斎にぎんを紹介し、ぎんは長与を訪れて受験許可を懇願した。
またぎんは、石黒忠悳にも協力を求めた。
・・・
その後、石黒は再三衛生局へ足を運んだ。長与の立場も苦しく、周囲の者をしきりに説得した。その結果、ようやく女性にも医術開業試験を受ける許可をあたえることになった。
この間の事情については明治十六年一月二十三日付けの「朝野新聞」に「婦人ハ是迄産婆ノ外、医師及ビ製薬ノ免許ナカリシガ、其術ニ熟達ノモノハ、試験ノ上、男子同様許可セント、目下其筋ニ於テ協議中ナリトキク」という記事がみられる。
ぎんは、歓びで涙をあふれさせた。長年の苦労が実を結んだのだ。
明治十七年九月、荻野ぎんは医術開業試験の前期試験を受けた。課目は、物理、化学、生理、解剖で、受験生は木村秀子、松浦さと子、岡田すみ子とぎんの四名であったが、試験の結果は、ぎんだけが合格した。
ぎんは、後期試験にそなえて勉学にはげみ、翌十八年三月におこなわれた後期試験(課目・内科、外科、産科、婦人科、眼科、薬理衛生、細菌)にも合格し、遂に女性の医術開業免許を得た。・・・ぎんは三十五歳であった。

出典元:日本医家伝 (講談社文庫)

すでにシーボルトの娘楠本いね子が築地に産院を開いていたが、近代医学を修め、国公認の女医第一号となった。

明治18年(1885)5月、東京湯島三組町(東京都文京区湯島3)に荻野医院を開業した。
診療を続けるうちに患者の貧困や社会習慣などの問題を感じた吟子は、聖書に親しむようになり、明治19年(1886)本郷教会で海老名弾正から洗礼を受けた。

また、矢島楫子の設立した基督教婦人矯風会の風俗部長となり、明治21年(1888)には大日本婦人衛生会を設立し、婦人衛生会雑誌を創刊、家庭の衛生知識向上に努力した。

明治23年(1890)、13歳年下の青年牧師・志方之善と結婚、キリスト教による理想郷建設を志して北海道に渡り、イマヌエル(北海道瀬棚郡今金町)に入植した。
しかし、理想郷建設は進まず、明治30年(1897)瀬棚郡瀬棚(北海道久遠郡せたな町)で開業した。

明治38年(1905)夫の病没し、明治41年(1908)東京に移り、本所小梅町に医院を開業し晩年を送った。

 

荻野吟子ゆかりの地

荻野吟子生誕之地史跡公園(埼玉県熊谷市俵瀬)
吟子の記念碑や銅像が立つ。

荻野吟子記念館(埼玉県熊谷市俵瀬581-1)

熊谷市立妻沼展示館(埼玉県熊谷市妻沼東1-1)
荻野吟子の展示室がある

道の駅「めぬま」・にっぽん女性第一号資料ギャラリー(埼玉県熊谷市大字弥藤吾720)

光恩寺(群馬県邑楽郡千代田町赤岩1041)
吟子の生家の長屋門が移築されており、吟子の銅像もある。

「近代教育発祥の地」(東京女子師範学校跡・東京都文京区湯島1-5)

せたな町・荻野吟子の生涯

荻野吟子小公園・顕彰碑(旧国鉄瀬棚駅跡地・北海道久遠郡せたな町瀬棚区本町9区)

荻野吟子女史像(瀬棚区支所前・北海道久遠郡せたな町瀬棚区本町719)

瀬棚郷土館(北海道久遠郡せたな町瀬棚区本町628)
吟子ゆかりの品などが展示されている。

荻野吟子墓所(雑司ヶ谷霊園・東京都豊島区南池袋4-25)
荻野吟子女史像も立つ。

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