岩手の偉人

原敬(はら・たかし)・岩手の偉人

原敬(はら・たかし)・岩手の偉人

岩手郡本宮村(岩手県盛岡市本宮)生まれ。

1856(安政3)年3月15日-1921(大正10)年11月4日 65歳

第19代内閣総理大臣。
爵位を固辞し続けた『平民宰相』。

原敬1
(国立国会図書館・近代日本人の肖像より)

明治3年(14歳)藩校「作人館」に学ぶ。
明治4年(15歳)上京して「共慣義塾」に学ぶ。
明治7年(18歳)フランス人宣教師の学僕をしながらフランス語を学ぶ。
明治8年(19歳)平民として分家独立。
明治9年(20歳)司法省法学校104名中2番で合格。
明治12年(23歳)郵便報知新聞社入社。
明治15年(26歳)外務省入省。天津領事。
明治18年(29歳)パリ公使館着任。
明治22年(33歳)農商務省参事官。
明治23年(34歳)農商務省大臣陸奥宗光の秘書官。
明治25年(36歳)外務省通商局長、外務次官歴任。
明治29年(40歳)特命全権公使として朝鮮赴任。
明治31年(42歳)大阪毎日新聞社社長。
明治33年(44歳)立憲政友会入党、初代幹事長。第4次伊藤博文内閣の逓信大臣。
明治34年(45歳)大阪北浜銀行頭取。
明治35年(46歳)盛岡から衆議院議員選挙に出馬当選。以後8回連続当選。
明治38年(47歳)大阪新報社社長。
明治39年(50歳)第1次西園寺公望内閣の内務大臣。(同44年第2次西園寺内閣、大正2年山本内閣で内務大臣歴任)
大正3年(58歳)第3代政友会総裁。
大正6年(61歳)第13回総選挙で政友会が第一党となる。
大正7年(62歳)第19代内閣総理大臣就任。わが国初めての本格的政党内閣を組織。
大正10年(65歳)11月4日東京駅頭で暗殺される。享年65歳。
(原敬記念館より)

原敬2
(国立国会図書館・近代日本人の肖像より)

原内閣の政策は、外交における対英米協調主義と内政における積極政策、それに統治機構内部への政党の影響力拡大強化をその特徴とする。

原は政権につくと、直ちにそれまでの外交政策の転換を図った。まず、対華21ヶ条要求などで悪化していた中華民国との関係改善を通じて、英米との協調をも図ろうというものである。そこで、原は寺内内閣の援段政策(中国国内の軍閥・段祺瑞を援護する政策)を組閣後早々に打ち切った。

さらに、アメリカから提起されていた日本・アメリカ・イギリス・フランス4ヶ国による新4国借款団(日本の支那への独占的進出を抑制する対中国国際借款団)の加入を、対英米協調の観点から決定した。第1次世界大戦の後始末をするパリ講和会議が開かれたのも、原内閣の時代だった。この会議では、アメリカ大統領ウッドロー・ウィルソンの提唱によって国際連盟の設置が決められ、日本は常任理事国となった。しかし、シベリア出兵についてはなかなか撤兵が進まず、結局撤兵を完了するのは、原没後の1922(大正11)年、加藤友三郎内閣時代のこととなった。

内政については、かねてから政友会の掲げていた積極政策、すなわち、(1)教育制度の改善、(2)交通機関の整備、(3)産業及び通商貿易の振興、(4)国防の充実、の4大政綱を強力なリーダーシップのもとで推進した。とりわけ交通機関の整備、中でも地方の鉄道建設のためには公債を発行するなど極めて熱心であった。

こうして原は、地方への利益還元を図って政友会の地盤を培養する一方で、同党の支持層に見合った規模での選挙権拡張を行っている。1919(大正8)年には衆議院議員選挙法を改正し、小選挙区制を導入すると同時に、それまで直接国税10円以上が選挙人の資格要件だったのを3円以上に引き下げた。

しかし、翌1920(大正9)年の第42帝国議会で、憲政会や立憲国民党から男子普通選挙制度導入を求める選挙法改正案が提出されると、原はこれに反対して衆議院を解散し、小選挙区制を採用した有利な条件の下で総選挙を行い、単独過半数の大勝利を収めた。

さらに、原は政友会の政治的支配力を強化するために、官僚派の拠点であった貴族院の分断工作を進め、同院の最大会派である「研究会」を与党化させた。このほか、高級官僚の自由任用制の拡大や、官僚派の拠点であった郡制の廃止、植民地官制の改正による武官総督制の廃止などを実施し、反政党勢力の基盤を次第に切り崩していった。

しかし、一方で原は反政党勢力の頂点に立つ山県有朋との正面衝突は注意深く避け、彼らへの根回しも忘れなかった。このように、原は卓越した政治感覚と指導力を有する政治家であった。

その原は、1921(大正10)年11月4日、国鉄大塚駅職員中岡艮一によって東京駅で刺殺されてしまった。65歳の生涯であった。彼の政治力が余りに卓抜していたために、原亡き後の政党政治は、皮肉なことにバランスを失ってしまうことになる。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

原敬3
(国立国会図書館・近代日本人の肖像より)

原敬記念館(岩手県盛岡市本宮)

原敬・遺徳顕彰事業団 財団法人・大慈会

原敬墓所 大慈寺(盛岡市大慈寺町)

関連書籍

人気ランキング応援クリック!

関連記事

  1. 高野長英(たかの ちょうえい)・岩手の偉人
  2. 【Bushido: The Soul of Japan『武士道』…
  3. 石川啄木(いしかわ たくぼく)・岩手の偉人
  4. ふるさと100話<5> 千葉惣左エ門(岩手県一関市・旧花泉町)
  5. 後藤新平(ごとう しんぺい)・岩手の偉人

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ピックアップ記事

  1. 華岡青洲(はなおか せいしゅう)| 和歌山の偉人

江戸の偉人たち

PAGE TOP