新潟の偉人

前島密(まえじま ひそか)・新潟県の偉人

越後国中頸城郡津有村(新潟県上越市)生まれ。

1835(天保6)年2月4日― 1919(大正8)4月27日 85歳

 明治の官僚、政治家。日本の近代郵便制度の創設者で、1円切手の肖像で知られる。「郵便」や「切手」という名称を定めた。その多大なる功績から「日本近代郵便の父」と呼ばれる。また、国字改良論者としても有名である。

 豪農の子として生れる。父を早くに亡くし、母方の叔父に養われた。13歳で江戸に出て医学を修め、19歳でペリーの黒船を浦賀に見に行き、日本の海防に関心を持ち、西洋砲術・長沼流兵法・気関学・航海術の研究を始める。その後、24歳から31歳まで全国の三分の二を踏査します。箱館では諸術調所に入門、武田斐三郎に航海学を学び、奉行から預けられた箱館丸に乗り、北海を巡航し、更に摂津・播磨・上総・下総から陸奥を経て、箱館にもどる。さらに、亀田丸に乗ってロシア領ニコライエフスクにも航海した。さらに、外国奉行組頭向山栄五郎に従って対馬に行き、その後、薩摩藩に招かれて開成学校で英学を教え、江戸に帰って親戚の幕吏前島錠次郎の家を継いだ。
 明治2年民部・大蔵両省に出仕,明治3年駅逓権正兼任となり,駅逓事業の改革を考え、イギリスへ渡った。明治4年帰国,駅逓頭に任じられ,郵便制度を確立。明治10年駅逓局長,翌年元老院議官兼任,翌々年内務省駅逓総監に任じられ、その間、地租改正、度量衡改正、商船学校創立、内国勧業博覧会の開催等、新制度の創成に大きな功績があった。明治5年には新聞事業の育成のため郵便報知新聞を創刊するとともに、陸運元会社(現・日本通運株式会社)の設立にも尽力。明治8年には郵便為替と郵便貯金制度を開始。明治10年に万国郵便連合条約に加盟して海外との通信をスムーズにするとともに日本の実力を海外に認めさせました。
 明治14年の政変で辞職し,大隈重信らとともに立憲改進党を創立した。明治19年東京専門学校校長に就任,また関西鉄道会社社長にも就任したが,明治21年乞われて逓信次官となり電話事業の創始にも尽力した。退官後北越鉄道会社社長となり、難工事の末、明治37年直江津-新潟間を開通させた。明治35年には男爵を授けられ,明治38年貴族院議員となる。
 漢字廃止論の先駆者でもあり、「毎日平仮名新聞」を発行した。
 向学心に燃え、国内はもとよりロシア、イギリスと外国に学び、我が国の郵便制度を作り上げた前島密は大正8年4月28日、横須賀市で85年の生涯を終えた。

前島記念館(新潟県上越市)前島密生誕地でもある。

郵便発祥の地(東京都中央区日本橋1-18-1)

逓信総合博物館(東京都千代田区大手町2-3-1)

前島密宅邸(東京都江東区)

前島密墓所(神奈川県横須賀市浄楽寺)

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