石見国津和野藩城下森村(島根県津和野町)生まれ。
1829(文政12)年3月7日-1897(明治30)年1月31日 69歳
幕末から明治初期の啓蒙家、教育者。
将軍徳川慶喜の政治顧問、明治の貴族院議員。
「哲学」「心理学」「感覚」などの言葉をつくったことで有名。
『日本近代哲学の父』とよばれる。
津和野藩の藩医の子として生まれる。
川向いには、森鴎外の生家がある。父親は森家から養子に入った人で、森鴎外と周は親戚にあたる。
「西家には困ったあほうが生まれたものだ」
津和野の人々はこうささやきあったという。世に「西周の油買いと米つき」と評判されるほど、周の勉強は度はずれて猛烈なもので、一般の人の目には、変人のように映ったのである。油買いに行く時は、油徳利をぶらさげ、書物を読みながら歩いた。しかも、片足は下駄、もう一方は木履ぼくりという変な格好でも、いっこう平気だった。米をつかせると、書物を読みふけるので、気が付いたときには粉米になっていたという。少年時代のこの猛勉強が、後年の大学者西周を生むのである。
西周の生家では、彼がこもって勉学に励んだという蔵が保存されている。
周が4歳の時、後田の片河の家に移った。これが現在西周旧居として県指定の史跡になっている家屋である。
周はこの家の母屋の前にある土蔵の階下に、三畳ほどの勉強部屋をもらい、猛烈な勉強を続けた。時には、母屋へ帰る時間が惜しくて、母親に握り飯を作ってもらうこともあった。
周は片河に移った4歳のころから、祖父時雍について孝経を学び、6歳にして四書を教えられた。まさに今日でいう英才教育である。12歳で藩校の養老館に入り、本格的な勉学を始めた。
土蔵の中の猛勉強は養老館時代の逸話である。周の若き日の勉学ざんまいが、森林太郎(後の鴎外)に与えた影響は大きなものがあったという。
周が20歳のとき、家老大岡平助に呼び出され、一代に限って家業を継ぐことを免じる、一代還俗(げんぞく)を申し付けられた。つまり、医業をやめて儒学に専念せよとの藩主亀井茲監の命であった。藩主はつとに周の聡明さを見抜いていたのである。この年、この若さで養老館の教師に任命され、さらに大坂や岡山に遊学して学問を積んだ。
25歳のとき江戸に上り、初めて洋学に接したことは、彼の運命を決定付けた。
藩命による儒学研究をやめ、洋学を学ぼうと決めたのではないか。それだけに、不退転の決意であった。
やがて幕命により、榎本武揚らとともにオランダ留学し、2年半、法律学や経済学、それにミルの帰納法、カントの哲学などを学んで帰国した。
幕府の直参にも取り立てられ、15代将軍徳川慶喜のフランス語個人教授となった。
その後、単に語学のみならず、政治・行政などさまざまな面で意見を述べた。一方、彼は兵学にも見識を持っていたので、幕府の沼津兵学校校長も務めた。
明治2年、明治政府に出仕し、陸軍省の官吏になったのも、そうした識見を認められてのことであった。彼はここで軍人勅諭を起草した。
周は陸軍省に在籍しながら、森有礼・福澤諭吉・加藤弘之・中村正直・西村茂樹・津田真道らと明六社を結成し、欧米の啓蒙思想を紹介し、機関紙「明六雑誌」を発行した。明治初期の文明開化政策の推進などに大きな啓蒙的役割を果たしたのである。
維新期の教育・文化と軍事は、ともに欧米の思想・制度に基づいており、開明的な点では共通性があった。だから、明六社のメンバーであることや、のちに東京師範学校初代校長になるのだが、そのことは別に不自然ではなかったのである。
1890(明治23)年、帝国議会開設にあたり、周は貴族院議員に任じられた。
1897(明治30)年1月、病重しとみた政府は、勲一等瑞宝章、次いで男爵を授けたが、その直後、1月31日、69歳で永眠。
振り返ってみれば、周は栄達の道をばく進しているが、決して猟官運動をしたのではない。彼の深い学殖が認められたからにほかならなかった。
周は明治前期の学者のなかでも、福沢諭吉のように政府の外部にあって自由主義を説く立場をとらず、体制内にあって漸進的立憲君主制の立場をとった。そのため、御用学者とみなして過小に評価する意見もないではないが、むしろ、着実な近代化路線の理論的指導者として、高く評価すべきである。
周の名を不朽のものにしたのは、数々の訳語が学術用語として定着していることである。哲学がもっとも有名だが、そのほか、学術・芸術・科学・技術・主観・客観・帰納・演繹・本能・概念・観念・命題・肯定・否定・現象・心理学・意識・抽象・主観・客観・理性・悟性・知覚・感覚・総合・分解等々、すべて周のつくった訳で、今では完全な日用語になっている。彼が近代日本の思想界に与えた影響の大きさがうかがえる。
また、五箇条の御誓文の草稿を執筆したのも西周だと言われている。
西周旧宅(津和野町後田川丁)
西周墓所・青山霊園(東京都港区)
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