明治時代

西田幾多郎(にしだ・きたろう)・石川の偉人

西田幾多郎(にしだ・きたろう)・石川の偉人

石川県河北郡宇ノ気(石川県かほく市)生まれ。

1870(明治3)年5月19日-1945(昭和20)年6月7日 76歳

日本を代表する哲学者

金沢第四高等学校中退、東京帝国大学選科卒業。四高教授等を経て京都帝国大学教授。明治44年刊の『善の研究』以下、多数の著作を発表。周囲に有能な同僚、門下生を集め、所謂「京都学派」の基礎を築いた。昭和3年退官後も、厳しい時代の中で思索を続けたが、終戦の直前、昭和20年6月7日逝去。

西田は、東洋的思想の地盤の上で西洋哲学を摂取し、「西田哲学」と呼ばれる独自の哲学を築き上げた。その哲学は、近代日本における最初の独創的な哲学と評される。

西田の思想の背景には、確かに、東洋的宗教、とりわけ、西田自身が若い頃から行じていた禅仏教の宗教的体験があった。西田が、従来の西洋哲学がもっていた〈主観と客観との対立〉〈現象界と実在界との区別〉といった前提を批判し、「何処までも直接な、最も根本的な立場」に立とうとするのは、その背景からである。
しかし、西田哲学は決して、宗教的体験を単に直接的に記述したものではない。西田が企図したのは、西洋の諸哲学と同じ次元で語られる一つの「哲学」であった。西田が目指すのは、現実の世界の構造を何処までも「論理的」に解明することである。「純粋経験」「無の場所」「行為的直観」「絶対矛盾的自己同一」といった独特の用語も、従来の論理によっては捉えることのできない「根本的」な事実を、真に具体的に捉えることのできる「論理」として構想されたものに外ならない。
西田のこのような哲学は、宗教・自己・身体・生命・歴史・芸術・科学等、様々な観点から注目を集めている。(京都大学文学部日本哲学史研究室より)

西田幾多郎ゆかりの地

西田幾多郎記念哲学館(石川県かほく市内日角井1番地)

哲学の道(京都市)

西田哲学会

西田幾多郎墓所(石川県かほく市・長楽寺)

西田幾多郎墓所(神奈川県鎌倉市・東慶寺)

 

 

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