江戸時代

【明治の義人】田中正造(たなか しょうぞう)・栃木の偉人

【明治の義人】田中正造(たなか しょうぞう)・栃木の偉人

1841(天保12)年11月3日―1913(大正2)年9月4日 73歳

下野国小中村(現栃木県佐野市小中町)生まれ。

衆議院議員、栃木県議会議長、社会運動家、『明治の義人』。

田中正造の言葉。『民を殺すは国家を殺すなり』。
民を守るために生涯四度も投獄され、ついには戦いの最中に病に倒れる。

田中正造
(国立国会図書館・近代日本人の肖像より)

渡良瀬川鉱毒災害民衆運動の父

村名主の家の長男として生まれた。17歳で家を継ぎ名主になったが、不正をはたらく領主と対立し二度投獄される。その後上京し、西洋の思想に触れる。

郷里に帰り、土地転売で得た利益をすべて公共のために使う決意をし、栃木新聞を創刊し栃木県議会議員、のち議長就任し、国会開設を主張。1890(明治23)年の第1回総選挙で衆議院議員に当選し、藩閥政府を批判。

渡良瀬川流域の足尾銅山の鉱毒問題を繰り返し国会でとりあげ、渡良瀬川沿いの人々を救うため努力した。しかし国の政策に改善が見られず、議員辞職、そして明治34(1901)年12月10日、天皇に直訴した。

田中正造と天皇直訴事件
田中正造と天皇直訴事件

その後、鉱毒事件は社会問題となるが解決せず、正造は水没の危険にさらされた谷中村に住み、治水の名のもとに滅亡に追い込まれようとした谷中村を救おうと、農民とともに村の貯水池化に反対し再建に取り組んだ。

正造の最期は無一文で、その所持品は帝国憲法と聖書と原稿、手帳のみであった。

最期に次の言葉を残して亡くなったという。『現在を救いたまえ。』

 

田中正造ゆかりの地

田中正造生家・墓所(栃木県佐野市小中町975)

田中正造記念館(群馬県館林市足次町61)

佐野市郷土博物館(田中正造ゆかりの博物館・栃木県佐野市大橋町2047)

足尾ダム・足尾環境学習センター(栃木県日光市足尾町・銅親水公園内)

庭田清四郎家(栃木県佐野市下羽田町)
正造終焉の家。

定願寺(栃木県栃木市旭町13-7)
正造が下宿し、栃木新聞の拠り民権運動の論陣を張った地。

藤岡町歴史民俗資料館・田中正造銅像(栃木県栃木市藤岡町藤岡812)

赤麻寺(栃木県栃木市藤岡町赤麻487)
田中正造最後の大演説会場。

大日山美術館(栃木県小山市三拝川岸218-1)
小口一郎の版画・足尾三部作収蔵。

田中正造翁顕徳之碑(寿徳寺・栃木県足利市野田町1463)

田中正造翁遺徳之賛碑・雀神社(茨城県古河市宮前町4-52)脇の堤防上

宗願寺(茨城県古河市中央町2-8-30)
正造が請願書執筆などで滞在した寺。

田中正造墓所・浄蓮寺(田中家の菩提寺・栃木県佐野市小中町998)

田中正造墓所・惣宗寺(佐野厄よけ大師・栃木県佐野市金井上町2233)
自由民権運動の拠点、正造の本葬が執行された。

田中正造墓所・田中霊祠(栃木県栃木市藤岡町藤岡6384)

田中正造墓所・雲龍寺(群馬県館林市下早川田町1896)
正造が鉱毒事務所を設置し、鉱毒闘争の拠点となった寺。
正造の分骨を収めている。

田中正造墓所、正造翁頒徳碑(北川辺西小学校内・埼玉県加須市麦倉1189)

足尾Terrace

布川了[文]・堀内 洋助[写真]『[改訂]田中正造と足尾鉱毒事件を歩く
』随想舎(二〇〇九年)

辛酸―田中正造と足尾鉱毒事件 (角川文庫 緑 310-13)
辛酸―田中正造と足尾鉱毒事件 (角川文庫 緑 310-13)

田中正造文集〈1〉鉱毒と政治 (岩波文庫)
田中正造文集〈1〉鉱毒と政治 (岩波文庫)

毒―風聞・田中正造 (河出文庫―文芸コレクション)
毒―風聞・田中正造 (河出文庫―文芸コレクション)

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