山梨の偉人

若尾逸平(わかお いっぺい)・山梨の偉人

若尾逸平(わかお いっぺい)・山梨の偉人

山梨県巨摩郡在家塚村生まれ(山梨県南アルプス市)

1820(文政3)12月6日-大正2年(1913)9月7日 94歳

甲州財閥の総帥。

少年時代に家運が傾き、農業・武家奉公を経て、煙草・絹糸・綿の行商生活により商業の経験を積み、安政2年甲府に店を構えた。

開港時の横浜と甲州を股にかけ、生糸・水晶などの商いにより巨万の富を築いた。

維新動乱の折、彼は新政府にたびたび大金を献納し、名主格を仰せ付けられた。また、蚕種製造人大総代・生糸改会社副社長に任じられて、山梨県の蚕糸業界の中心人物となっていく。このために、明治5年の大小切事件では焼き討ちをうける。

西南戦争後、土地集積による大地主となり、明治23年第1回貴族院多額納税者議員に選ばれたとき 「彼の直接国税納付額は、選出された全国多額納税者議員中の3位」といわれる全国屈指の大富豪にのし上がった。明治21年、横浜正金銀行の取締役に、22年甲府市の初代市長に、23年帝国議会、貴族院多額納税議員に、それぞれ選出。

株式相場でも才能を発揮し、『株を買うなら、乗り物とあかり』と鉄道事業と電力事業の当時のエネルギー産業に注目。明治25年に東京馬車鉄道を買収、明治29年には東京電灯株を買占め、甲州財閥の傘下に収めた、名実共に実業界の雄として君臨。

議員時代に鉄道敷設法の実現に努力し中央線の開通にも貢献した。

御一新の光と影 (日本の『創造力』―近代・現代を開花させた470人)

甲州財閥―都市産業に目をつけた若尾逸平

一介の行商人から身を起こし、開港まもない横浜での生糸貿易で巨富の利を貯えた若尾逸平は、その財力をバックに中央財界に躍り出た。
「株式は“乗り物”と“あかり”に限る」と先を見通した逸平は、東京馬車鉄道、東京電灯の株を買占め、その支配権をもとに本格的な事業化に成功した。
さらに東京ガスの経営権を手に入れ、大都市東京の交通・電気・ガス事業界に君臨する甲州財閥の総帥として重きをなした。

山梨県立博物館かいじあむ(山梨県笛吹市御坂町成田1501-1)

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