徳島の偉人

芳川顕正(よしかわ あきまさ)・徳島の偉人

麻植郡川田村(徳島県吉野川市・旧山川町)生まれ。

1841(天保12)年1月21日-1920(大正9)年1月10日 79歳

 医師の子として生まれる。幼少の頃から頭脳明晰で、16歳で徳島市に遊学、22歳に長崎に学んだ後に、薩摩藩で英才の教育に従事した。その後、政府に出仕し、伊藤博文に推され渡英し、銀行制度・紙幣製造の研究をする。1882年(明治15年)内務省輔のとき、東京府知事を兼務し、市区改正、浅草公園新設等の業績を残す。1890年(明治23年)には文部大臣として教育勅語発布という偉業を成し遂げる。以後、内務、司法、逓信大臣を8回にわたって歴任し、国学院大学長、枢密院副議長等、国の要職を務めた。

芳川顕正・生家(徳島県吉野川市)

芳川顕正墓所(青山霊園・東京都港区南青山)
東十四通一種イ第二十一号九側

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