埼玉の偉人

塙保己一(はなわ ほきいち)・埼玉の偉人

武蔵国保木野村(埼玉県本庄市・旧児玉町)生まれ。

1746(延享3年5月5日)-1821(文政4年9月12日) 76歳

江戸時代の国学者。
『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』を編さん。
ヘレン・ケラーが心の支えとした日本人。

 幼い頃から物覚えの良い子供で、大人から本を読んでもらうとすぐに記憶してしまい、いつまでも忘れなかったという。しかし、7歳のときに病がもとで視力を失ってしまった。さらに12歳の時には最愛の母が病気で亡くなる。保己一は悲しみにくれるが、くじけずに、自分の将来について真剣に考えるようになる。

 江戸では目の不自由な人が、太平記という40巻の本の内容を覚えていて人に読んで聞かせ、偉くなったという。それなら自分にもできる。そう考えた保己一は、江戸行きを父にお願いする。父は最初はびっくりして反対したが、何度もお願いされて、最後には許した。保己一は亡き母が自分のためにぬってくれた形見の巾着をそっと荷物にしのばせ、江戸に向けて旅立った。1760(宝暦10)年、15歳の春のことでした。

 江戸では、雨富須賀一検校の弟子となり、ハリやアンマ、楽器の修行をしました。しかし不器用でなかなかうまくいかなかった。しかし、保己一の学問に対する情熱とその才能を見抜いた雨富検校は、保己一を学問の道に進ませ、国学・和歌を萩原宗固に、儒学・漢学を川島貴林、律令を山岡浚明に学ばせました。保己一の学問は、人に読んでもらうのを聞いて覚えるというもので、優れた記憶力の持ち主であった保己一は、一度聞くとすぐに覚えてしまったといわれている。

 また、保己一は大変な努力家であった。高井山城守の夫人が、よく本を読んでくれましたが、ある夜、保己一は自分の手をひもでしばりだした。「何をしているのですか?」夫人は不思議に思い、たずねました。「蚊に刺されるたびに手が動くと、本の中味を聞きもらしてしまうので、こうしてしばっているのです。」夫人は感動し、援助をし、将来を励ましたと言われています。

 保己一は、学者としての名声も上がり、1783(天明3)年、38歳で検校(旗本と同格)に進みました。1793(寛政5)年、48歳の時に、国学研究の場として和学講談所の創設を幕府に願い出て許され、ここで多くの門弟を育てました。また、水戸藩からの「大日本史」の校正依頼をはじめ数々の資料等の編集事業を行いました。多くの有名な学者を輩出した和学講談所は、保己一が亡くなった後、子孫に引き継がれ、江戸幕府が崩壊するまでの約75年続いた。

保己一は1779(安永8)年に、これまでにない壮大な事業にとりかかろうと決意した。「昔の人が書いた日記や物語などが利用されることなく各地に放置され、ばらばらになってしまっている。なんと嘆かわしいことだろう。世の中から消えていってしまうものをなんとか活字に残しておきたい。そして、いつでも、誰でも利用できるようにしたい。」

 当時、本は大変貴重なもので簡単には貸してもらえませんでした。しかし、粘り強く編さん事業を続けました。こうして保己一は、全国に散らばっていた多くの古い記録や資料を集めて分類、整理し、1819(文政2)年に着手以来41年をかけた「群書類従」正編670巻の刊行を完了した。
 「群書類従」をはじめ、保己一が残した数千冊にのぼる書物は、日本文学や日本史等を研究する上で、今なお欠かすことの出来ない貴重な資料として活用されている。

 1821(文政4)年2月、盲人として最高位の総検校となり、同年9月、76歳の生涯を閉じた。それから100年後の1922(大正11)年、保己一の偉業を顕彰し、後世に伝えるべく「温故学会」を創立した立役者が、同じ埼玉の偉人渋沢栄一でした。

 保己一が亡くなってから115年後の1937(昭和12)年4月、米大統領の平和親書を携えたヘレン・ケラーが初来日しました。ヘレン・ケラーは幼くして病のために目が見えず、耳が聞こえず、重度の身体障害にもかかわらず、努力のすえ大学を卒業し、世界中の障害者の社会的地位の向上と世界平和のために一生を捧げた女性です。そのヘレン・ケラーが同年4月30日、埼玉浦和で開かれた講演会で次のように語りました。「私は特別な思いでこの埼玉にきました。それは、私が心の支えとして、また人生の目標としてきた人物がこの埼玉出身の人だったからです。」
世界的偉人と讃えられているヘレン・ケラーが心の支えとし、人生の目標としたその人物こそ、塙保己一だったのです。

塙保己一生家(埼玉県本庄市・旧児玉町)

塙記念館(埼玉県本庄市・旧児玉町)

和学講談所跡(東京都千代田区三番町)

塙保己一墓所 愛染院(東京都新宿区若葉2丁目)

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