福岡の偉人

石橋正二郎(いしばし しょうじろう)・福岡の偉人

福岡県久留米市生まれ。

1889(明治22)年2月1日-1976(昭和51)年9月11日 88歳

タイヤ王

 荘島小学校、久留米高等小学校、久留米商業学校をへて、高等商業学校への進学を志すが、病床の父の命により家業を継承した。正二郎は往時をこうふり返っている。「私は一生をかけ実業をやる決心をした。そして、やる以上は、なんとしても全国的に発展する事業で、世のためになることをしたいと夢を描いていた」。
 1906年(明治39年)、17歳で仕立物屋を継いだ正二郎は仕立物業を足袋専業に改め、経営の近代化に取り組んだ。その後も、品種、文数の大小に応じて小刻みの値差のあった足袋販売への均一価格の導入、当時、勤労者の間で一般 的に使われていた草鞋(わらじ)に替わる履物としての地下足袋の創製、下駄 や草鞋に替わるゴム靴の量産など、独創的な経営で事業を拡大、発展させていく。
 地下足袋およびゴム靴の量産・量販体制を確立しつつあった1928年頃、正二郎は、欧米諸国のゴム工業における主力は自動車タイヤであり、将来の日本もそうなるであろうと考え、自分の手でそのような状況を先取りし、自動車タイヤを国産化したいと考えた。当時、米国の自動車の保有台数は2,300万台であったが、日本では8万台に達していなかった。しかも、日本で使用される自動車タイヤのほとんどは欧米からの輸入品か、外国資本の国内工場で生産されるものであり、国産品が対抗しうる見通しはなかった。それにもかかわらず、正二郎にタイヤの国産化を決意させたのは、輸入防止・輸出振興という当時の国策に貢献したいと願う国家的使命感と、地下足袋とゴム靴で築いた資本をもとに、自分の手で新しい産業を起こしたいという開拓者精神であった。
 社名の「ブリヂストン」も、船来品崇拝の風潮の中、商品イメージの点で英語の会社名、製品名を工夫する必要があったこと、また、タイヤを海外へ輸出して外貨獲得に貢献しようとした正二郎の念願から言っても、海外市場で通 用しやすい英語の会社名、製品名を工夫する必要があった。このことから、石橋の姓を英語風にもじって「ストーン ブリッヂ」とし、語呂が良くないので「ブリッヂストン」と逆さまにして、社名、商標名とした。
 1931年(昭和6年)、「純日本の資本と純日本人の技術者の力で、世界一のタイヤをつくる」という信念のもと、「ブリヂストンタイヤ株式会社」が設立された。設立直後は、技術的困難に遭遇したこと、また、製品の故障に際し、無償で新品に引き替えるという徹底した品質責任保証体制を採用したことから、わずか3年の間に10万本のタイヤが返品されたが、その後の技術の進歩に伴って、信用も高まり売り上げも順調に伸びていった。 以来、正二郎は、社長、会長、相談役として、常にブリヂストンタイヤ株式会社の経営を指導した。
 社業は戦後、日本の自動車産業の発展とともに急速に成長し、現在では、ブリヂストンは世界23ヶ国に46工場を擁する、世界No.1のゴム企業に発展したが、その礎を築いたのは、正二郎であった。

 正二郎は事業に専心すると共に、社会・文化・教育などの分野に情熱をそそぎ、事業に勝るとも劣らぬ 足跡を残している。 それは、「企業活動は利益を目的としてはいけない。まず良い物をつくりお客様に喜んでいただき、その結果 として利益を頂く。そして、その利益は事業へ積極的に再投資するとともに、社会に還元しなければならない」とする正二郎の基本理念に基づいていた。
 1927年(昭和2年)、文部省が、私立の医学専門学校を全国に新設する決定をくだした。正二郎と兄は、久留米市の要請を受け、土地1万坪とコンクリートの校舎を寄贈した。1928年(昭和3年)、九州医学専門学校が現在の地に創立された。 当校は後に、久留米大学へと発展していくが、正二郎自身も、この後、積極的に教育事業に取り組んでいく。
 また、正二郎は、1956年(昭和31年)、ブリヂストンタイヤ株式会社(現、株式会社ブリヂストン)創立25周年に合わせ記念事業として、石橋文化センターほか各種教育文化施設を、久留米市に寄付している。 文化センターの開園当初の施設としては、3万平方メートルの敷地に美術館(石橋美術館)、体育館、プール、文化会館、野外音楽堂、遊園地、花壇、憩いの森などがあり、その後、文化ホール(音楽ホール)、日本庭園などが加えられた。
 現在も、文化センターは、毎年数十万人余が集う久留米市の文化的シンボルとして市民に愛されている。 (石橋財団HPより)

石橋美術館(久留米市)

ブリヂストン美術館(東京都中央区京橋)

石橋正二郎墓所 多磨霊園(東京都府中市)

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