岩手の偉人

後藤新平(ごとう しんぺい)・岩手の偉人

陸奥国胆沢郡塩釜村(岩手県奥州市水沢区・旧水沢市)生まれ。

1857(安政4)年7月24日-1929(昭和4)年4月13日 72歳

内務官僚、政治家。初代満鉄総裁、第7代東京市長。
帝国主義日本の生んだ最大の植民地経営者。

 水沢藩士の子に生まれる。福島県須賀川医学校卒。明治14年(1881)愛知県病院長兼愛知医学校長となる。明治16年(1883)内務省衛生局に入る。ドイツ留学をへて明治25年(1892)衛生局長に就任。明治26年(1893)年旧中村藩主相馬家のお家騒動に関係し入獄したが翌年無罪となる。日清戦争帰還軍隊の検疫を建言し、児玉源太郎の知遇を得て官界に復活、再び衛生局長に返り咲いた。

 明治31年(1898)児玉源太郎台湾総督により民政局長に抜擢、のち民政長官。島民の反乱を鎮圧し、阿片・樟脳の専売制度の創設など植民地経営に業績を上げた後、初代満鉄総裁。明治36年(1903)貴族院議員に勅選。第2次、第3次桂内閣で逓相、鉄道院総裁、寺内内閣では内相、外相等を歴任し、シベリア出兵を推進。大正9年(1920)東京市長となり、いわゆる8億円計画という都市改造案を提案した。第2次山本内閣内相兼帝都復興院総裁として、大震災後の東京復興計画を立案。

 虎ノ門事件で辞職後は、政界の第一線を退きながら、死の直前まで放送事業、政治の倫理化運動、日ソ国交調整などに努めた。広大な企画を立てるところから「大風呂敷」のあだ名があった。

後藤新平旧宅(岩手県奥州市)

後藤新平記念館(奥州市)

後藤新平の会

後藤新平墓所 東京都・青山霊園

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