奈良の偉人

村田珠光(むらた じゅこう)・奈良の偉人

奈良に生まれる。

1423年-文亀2年(1502)5月15日 80歳

室町時代の茶人。独盧(どくろ)軒と号す。茶の湯の開山といわれ、奈良流茶道を大成。
茶の湯に禅の精神を取り入れた「草庵の茶」を創始した「わび茶の祖」。
武野紹鴎、千利休とともに「茶道の三祖」の一人。

茶の湯の祖、珠光
茶の湯の祖、珠光

その経歴は不詳だが、後世の資料によれば、父は村田杢市検校、幼名茂吉といった。

浄土宗称名寺に入ったが、やがて寺を出て京都に上り、30歳の頃、大徳寺の一休宗純に参禅して、「仏法も茶の湯の中にある」と悟り、茶禅一味の境地を会得。

8代将軍足利義政に茶道指南として仕えたと伝わる。

能阿弥の規格化した華麗な茶事に対して、内省的で心の美や詫の境地を強調。
その精神は弟子に与えたという「珠光古市播磨法師宛一紙目録」に記される。

要旨は、人は常に奢らず謙虚に茶道を学ぶべきで、自制の心で行動しなければならないと説く。真の茶道は質実にして敬と礼を重んずべきことを説き、佗び茶の基礎を確立した。

この珠光が立てた礼式作法は、武野紹鴎、千利休を経て今日に伝わり、現存する各流儀のいづれもが村田珠光を以ってその祖としている。

珠光の生涯や彼の佗び茶の性格に関する同時代の記録はほとんどなく、千利休の弟子である山上宗二が著した茶の湯の秘伝書『山上宗二記』によるところが大きい。

称名寺(奈良県奈良市菖蒲池町7)
珠光ゆかりの寺。茶席「獨盧庵」や珠光ゆかりの品が現存する。珠光の碑もある。
珠光死後、大徳寺真珠庵に葬られるとともに称名寺にも分葬されている。

臨済宗大本山方丈東庭の枯山水庭園
一休宗純ゆかりの寺院である。特別公開時を除き、通常は非公開である。
方丈東庭は国史跡・名勝で、村田珠光作と伝わる枯山水の庭で、7・5・3と合わせて15個の石が配してあることから「七五三の庭」とも称される。

村田珠光墓所
大徳寺・真珠庵(京都府京都市北区紫野)

珠光―茶道形成期の精神
珠光―茶道形成期の精神

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