沖縄の偉人

儀間真常(ぎま しんじょう)・沖縄の偉人

嘉靖36年(1557年)-順治元年(1644)10月14日 88歳

1557年、真和志間切垣花村(沖縄県那覇市)生まれ。

首里王府の役人。位官は親方。
「琉球の五偉人」の一人で「沖縄産業の父」と称されている。
甘藷、製糖、木綿織を琉球の主要産業として発展させ、蔡温、野国総管とともに「琉球産業の三大恩人」とも言われる。

野国総管(のぐにそうかん)が中国福建から持ち帰った甘藷の稲を持ち帰っていたが、苗を譲り受けて栽培法を学んだ。こうしてイモの栽培は、そのあと真常の指導で琉球のあちこちに広まり、さらには薩摩にも伝わって、サツマイモとして日本中に知られるようになり、新しい食糧資源の定着に大きな役割を果たした。

1609年、島津氏の琉球侵入で尚寧王が鹿児島に連行された際に随行し、綿の種子を持ち帰って栽培し、木綿布の製作をはじめた。木綿の作り方を村の女性たちに習わせ、できあがった木綿の着物は、のちに「琉球がすり」として沖縄の特産品になった。

琉球ではサトウキビは栽培されていたが、黒糖をつくる方法は誰も知らなかった。黒糖が薩摩で高く売れているという噂を聞いた真常は、黒糖づくりの方法を学ばせるため、二人の若者を中国に渡らせた。若者たちが帰国すると、真常は自分の家の庭で黒糖をつくり、やがて国中に広めていった。製糖はのちに王府の専売となり、王府財政を支える基幹産業となった。およそ400年たった現在でも、サトウキビ栽培は沖縄の中心的な産業になっている。

産業の恩人を祀った世持神社(那覇市奥武山町)では、蔡温・具志頭親方文若とともに、儀間親方真常と野国総管の三人が祀られている。

墓所は那覇市首里崎山町。

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